日本海と雄大な山々に囲まれた兵庫県北部、但馬(たじま)に位置するお宿まる屋は季節と共にあります
目の前にある柴山港をはじめ、日本海の港から一年を通して水揚げされる、新鮮で豊富な魚介類や
自然豊かな大地で育まれる農産物、この季節、この土地だからこそ味わっていただけるお料理をご用意しています
四季を通じて豊かな海の幸、山の幸をお楽しみください
客室全6室の小さな宿だからこそできる距離の近い温かなおもてなし
都会の喧騒から離れたこの土地で、大切な方とのご旅行を心ゆくまで楽しんでいただきたい
そんな想いでお客様をお迎えいたします
豊岡市城崎温泉の伝統工芸品である“麦わら細工”や出石城下町に伝わる“出石焼き”、
竹田城跡で知られる朝来市竹田にかつて隆盛を極めた漆文化の結晶“竹田塗”、但馬地域で作陶されている作家さんの器――
但馬の自然の豊かさや伝統の素晴らしさを感じていただければと、但馬由来の器を使用し、お料理をお出ししています
大麦のわらを原料に桐箱や色紙に細工を施す「麦わら細工」には300年余の歴史があり、兵庫県伝統的工芸品および、その伝統技術は豊岡市無形文化財に指定されています
麦わら細工伝統技術を現代に伝える、かみや民芸店三代目職人の神谷俊彰氏に当館オリジナルの麦わら細工の器を特別に製作していただきました
八寸の器として使用し、但馬を中心とした豊かな自然に育まれた食材を盛り込みます
国の伝統的工芸品に指定されている出石焼(いずしやき)の歴史は、1784年(天明4年)に伊豆屋弥左衛門が土焼き(つちやき)の窯を開いたのが始まりとされます。その後、寛政11年(1799年)に出石町柿谷で白磁の原料となる陶石が発見され、本格的に磁器の生産が始まりました
絹のような艶やかな白さを持つ出石焼は、200年以上経った今なお、その伝統技術が受け継がれていっています
「天空の城」として知られる竹田城跡。その城下町であった朝来市竹田町は、かつて家具製造産業が盛んでした。しかし、時代の流れ、生活様式の変化により家具製造を生業とする職人は激減。今では家具販売店は残るものの、家具製造の職人は姿を消してしまいました
竹田で製造されていた家具とは、卓越した伝統技術で作る「漆製品」の家具。その製造産業の原点は、石川県の輪島に代表されるような漆器の文化でした
竹田の家々には、昔使われていた漆器、それらが作られていたことを裏付ける歴史的資料が残されています
当館には、大正時代に作られたとされる竹田塗の器とその当時の器を現代の塗師が復刻させたものがございます。限られたプランにはなりますが、その器を使用してお料理を提供します
香美町の柴山港、香住港から水揚げされた新鮮な海の幸、
豊かな自然に育まれた山の幸、但馬ならではの食材の数々
この土地へ訪れてこそ味わっていただける食材、お料理を丹精込めてご提供いたします
11月6日に日本海側の各地域でズワイガニ漁が解禁となります
山陰地方で水揚げされるズワイガニを松葉ガニと呼び、
兵庫県北部の但馬地域の港で水揚げされる松葉ガニを但馬産松葉ガニと呼びます
その中の一つの港、柴山港で水揚げされ厳しい選別基準をクリアした雄ガニを「柴山がに」と認定
ピンク色のタグを付けられるのです
当館の冬プランでお出しするのは「全て活がに」
遠方からわざわざ柴山にお越しいただいたのだから「活がに」を召し上がっていただきたい
全て活がにでお出ししたい
この想いを実現させるため、総計2トンの水槽を稼働させ、水温、環境を徹底管理しています
当館の主人と若旦那は、柴山港での仲買人の資格を持っており、お客様に最高の「柴山がに」を召し上がっていただくために朝7時からのセリに向かいます
柴山港でのセリは、仲買人が小さな黒板に競り値を書き、一斉に競り人に提示します。競り人はその値段を瞬時に判断。提示された中で一番高い値段を提示した仲買人が競り落とせます。オークションのような競り上がるシステムではなく、瞬時に決まる一発勝負なのです。これは柴山港独自の競り方です
競り落とすまでは常に緊張感が漂います。その日あるいは先の日の天候や船の水揚げ量、他の港での水揚げ状況など様々な要因で競り値は変動していきます。柴山港で水揚げされる柴山がにのランクは大きく分けると「番(ばん)がに」「出(で)がに」「沖(おき)がに」「箱(はこ)がに」などに選別されます
まる屋では700~750gの「箱がに」か1.2kg以上ある「番がに」を使用しています。「番がに」は柴山がにの中でもトップクラスに大きく、状態、身の詰まりも優れているかにに付けられるランクです。「番がに」を召し上がっていただいて、その味を大変気に入ってくださり、毎年のように「番がに」を食べるためお越しになるお客様もいらっしゃいます。そこまでしてもお越しいただけることは、私たちにとって最高の喜び、幸せであり「また次回も期待に応えたい」という気持ちの源でもあります